身近な人の死というのは、つらいものです。
私も20代の頃、身近にいた人を3人亡くしています。
当時は、つらい現実を受け入れることがなかなかできなくて、立ち直るまで時間がかかりました。
実は、私が夜の世界から姿を消した理由も、ある人の死が大きく関係しています。
もしかしたら当時の私と同じように若くしてお世話になった人や身近な友人を亡くして、つらい思いをしている人もいるかも知れません。
どんなに「会いたい」と願っても、絶対に叶わない思いを常に胸に抱いて生きる苦しみは、本人にしかわからないものです。
私からは役に立つような的確なアドバイスなんてできないけれど、過去の悲しみや現在の心境を語ることで、少しでも何か参考にしていただけたらなと思います。
もくじ
寂しさを理由に故人に会いたいとは思わなくなった
いつも身近にいてくれた親しい人の突然の死。
あまりに唐突過ぎて実感が湧かず、何かの間違いじゃないかと思ったのを今でも覚えています。
いつものようにメールを送れば普通に返ってくるんじゃないかとか、留守電を入れれば折り返してくれるんじゃないかとか、訃報が届いた瞬間はそんな感覚でした。
日が経つに連れて現実を思い知らされるという感じでしょうか?
- もう二度と会えない・・・
- もっと話を聞いてあげればよかった・・・
- もう少し一緒にいたかった・・・
- どうして?
- 気づいてあげられなかった・・・
悲しみや後悔、そして寂しさが同時に襲ってくるあの感覚は今でも忘れません。
そんなことをいくら考えても、どうにもならないことはわかっているのですが、何年かはそんな状態が続きましたからね。
あれから十数年以上の月日が経った今でも、時々、「会いたい」と思うことはあります。
でも、亡くなった人に会いたいと思う気持ちも不思議なもので年を重ねる毎に変化していくんですよね。
まだ若かった頃は、かけがえのない存在を失った寂しさから「会いたい」と思うことが多かったように思えます。
現在ではたしかに寂しさもありますが、今を生きている私を見てほしいという気持ちが強くなっていることに気づきました。
成長した姿というのが、まだ20代の頃の私には想像できなかったんですよね。
たぶん、昔のまま立ち止まっていたら、こんなふうに考えることはできなかったかも知れません。
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私の人生に多大な影響を与えてくれた二度と会えない人たち
冒頭で「私は20代の頃に身近にいた人を3人亡くしている」と書きましたが、この件については実は以前にもこのブログで少しだけ触れています。
↑の記事中にこんな内容が書かれています↓
私の場合は20代の頃、いつも一緒に遊んでいた親しい友達、夜の世界でお世話になった憧れの女性、何があってもいつも味方でいてくれた高校生だった頃のバイト先の店長が亡くなりました。
当時は、何も手につかなくて、抜け殻のような日々を過ごしていたのを覚えています。
引用元:喪失感に襲われた時
- 高校時代のアルバイト先の店長
- 夜の世界で私を引き上げてくれた憧れの女性
- はじめて私を慕ってくれたかわいい女の子
3人の共通点をかんたんにあげてみました↓
- 多感な時期に出会ったこと
- 私という人間を受け入れてくれたこと
- いつでも本音で言いたいことを言い合える関係
- 親兄弟のような関係性
- 今もなお尊敬し続けていること
- 私の生き方に多大な影響を与えていること
実はこのブログに書いてあることも、今は亡き彼・彼女たちから学んだものが多かったりします。
勝手ながら私は、彼・彼女たちの意思を継承して生きていると思っていますからね。
では、私が今でも会いたいと思う亡くなった人たちについてかんたんに触れていきます。
高校時代のバイト先の店長
出会いは、今でもよく覚えています。
当時、地元のコンビニの前でよくたむろしてたんですけど、お店から店長が出てきて「うちで働かない?」って声をかけてきたんですよね。
その時は断ったんだけど、結果的に何度かスカウトされて働くことになったという。
前職はトラック運転手という昭和の男といった感じの店長でした。
トラック運転手で開業資金を作って、フランチャイズオーナーになったという話を聞いたことがあります。(昔はコンビニって今より儲かったみたいです)
奥さんや弟さんもお店を手伝ったりしていてアットホームな職場で、私もシフトの入っていない時に遊びに行ったり、勤務時間外も店長の仕事を手伝ったりしていましたね。
店長については以前書いたこちらの記事でも軽く触れています↓
母親がうざい!大人になってウザい理由を考えるとわかることは?
私は自分のことを育ててくれたのは母親というよりも、家庭の事情を心配して私のためにお弁当を作ってくれたり、迎えに来てくれた学校の先生(今の時代だと大問題?)だったり、私が早く自立できるようにいろいろ協力してくれたバイト先の店長さんだと思っています。
家族や従業員の生活を支えるために一生懸命働いている店長の姿が、父親のいない私にとっては本当にカッコよく見えたんですよね。
私の家庭の事情も理解してくれて、高校を卒業したら自立できるようにいろいろと教えてくれました。
バイト先の店長からは、接客だけでなく、人気商品の見分け方やお店の回し方、顧客の購買心理といった商売の基礎を学ぶことができました。
とくに自分で事業を営むようになってからは、当時を思い出すことが増えたような気がします。
当時16歳だった私にとっては、良い社会勉強だったと思います。
そんな私にとって父親のような存在だった高校時代のバイト先の店長ですが、急性白血病のため37歳の若さで亡くなりました。
夜の世界に生きた憧れの女性
同性に憧れるという経験ははじめてだったかも知れません。
私が夜の世界に足を踏み入れたのは単純にお金が必要だったからなんですけど、「この人みたいになりたい!」という衝撃は、そんな私の仕事に対するモチベーションを大きく変えました。
右も左もわからない私にいつもやさしく接してくれて、引き上げてくれた女性。
私がどこか知的で教養のある女性に憧れるのも、おそらく彼女の影響が大きいのではないかなと思います。
このブログで取り上げているテーマについても、実は彼女から学ばせてもらったことが結構多いです。
当時は私もいっぱいいっぱいで、感情の起伏が激しかったんですけど、落ち込んでいる時はよく連絡してくれました。
調子に乗って「私、負けませんよ!」なんて言ったら「何言ってんの?私、オバサンだよ(笑)。アリサに勝てるわけないじゃん!」と笑っていたのを今でも懐かしく思います。
彼女はいつもこんな調子で、冗談っぽく笑いを交えて若さの価値や強みを教えてくれたりして、とにかくコミュニケーションの取り方が上手でした。
人に何かを教えたりする時も、決して上から目線ではなく、いったん自分を下げることによって相手がまだ気づいていない可能性を引き出してくれるというか…。
時には叱られたこともあったけど、その後に「私もアリサと同じだよ」と言って、腕のアクセサリーを外して傷跡を見せてくれたこともあったかな。
あと、私が潰れた時はいつも「アリサ、大丈夫?水飲んで落ち着こう!」とやさしく声をかけてくれたことをよく覚えていますね。
彼女がこの世を去ってから、昼間の仕事に就いた私はうつ病を発症するんですけど・・・
「仕事に行きたくない」が続いたら危険?無理すると後でヤバイことに!
あの頃も精神状態が不安定になると時々「アリサ、大丈夫?水飲んで落ち着こう!」とやさしく水を差し出す彼女の声が聞こえた気がしました。
今でも私は、気持ちを落ち着かせる時、コップ一杯の水を飲み干すことがあったりするんですけど、いつも彼女の言葉を思い出します。
私を慕ってくれたかわいい女の子
夜の世界にも慣れてきた頃、私のことを慕ってくれて、いつも後をついて来る妹分みたいな女の子がいました。
彼女と出会ったのは、10代の頃だったんですけどね。
自分のことを慕ってついて来てくれる存在というのが、生まれてはじめてだったので少し戸惑いましたが、彼女の身に何かあったら私が盾になってでも守ろうと思った存在でした。
休みの日に一緒に買物に出かけたり、旅行にも行きましたね。
同棲相手とケンカして私の部屋に転がりこんできたことも今では良い思い出です。
そういえば、3ヶ月滞納した家賃を立て替えてあげたこともありました(笑)
もちろん、あとできちんと返してもらいましたけどね。
ちなみに彼女はこちらの記事に登場する女性とはまったくの別人です↓
夜の仕事でもやっと頭角を現しつつあった彼女でしたが、2ヶ月ほど連絡が取れなくなった時期がありました。
そしてその後、友人から彼女が亡くなったことを知らされます。
彼女の死をキッカケに私は夜の世界から姿を消しました。
正直、今でも思うことは多々ありますが、何か新しいことをはじめる時は、彼女の素直さを思い出すようにしています。
変なプライドやこだわりを一切捨てて、素直であることの大切さを彼女は教えてくれました。
かけがえのない人を亡くした悲しみが消えることはないけれど?
かけがえのない存在を失った悲しみは、今も昔も変わりません。
この悲しみが消えることはおそらくないでしょう。
そんな時は、無理にポジティブ思考にもっていく必要はありません。
「マイナス思考は絶対ダメ!」と否定する考え方が改善を妨げる理由とは?
深い悲しみに浸ることで見えてくるものもありますからね。
私の場合、一時は何をする気力もなく、死んだように生きていましたが、亡くなった人たちと過ごした時間や交わした言葉のひとつひとつを思い出して、その意味をひたすら考え続けました。
その後は、志半ばで逝ってしまった人たちが教えてくれたことを拾い集めて、不器用ながらも自分の人生に活かすつもりで生きてきました。
ピンチに陥ったり、決断を迫られた時「あの人だったら、どうするかな?」と思うこともよくあります。
そんなことを繰り返して少しずつ前に進んでいると、決して悲しみが消えることはないけれど、自分の成長を実感できたりするものです。
その瞬間、ふと「短い間だったけど、あの人がいてくれたからこそ、今の私があるんだ」と思うことも・・・。
気がついたら、いつの間にか寂しいという感情が「ありがとう」という感謝の気持ちに変わっているんですよね。
もしかしたら、私の勝手な思い込みや解釈に過ぎないのかも知れませんが、そんな感じで今も悲しみと向き合って生きています。
言葉はいつまでも心に残る
実は今回の記事は苦戦しました?
当時のことをあらためて思い返すと、さまざまな感情が湧き上がってきて、うまくまとめられなかったりしますが・・・
そんな今も、私の頭の中では亡くなった彼女の声が聞こえるんですよね。
「アリサ、大丈夫?水飲んで落ち着こう!」って。
言葉って不思議な力があって、その人がこの世に存在しなくなってもずっと残るんですよ。
そういえば、心が乱れそうになった時はいつもこの何気ない一言に支えられてきたような気がします。
とりあえず、水でも飲んで落ち着こうかな…?