仕事ができても評価されない人は悔しい思いをするだけ?

仕事ができても評価されない悔しい人

仕事はできるはずなのに、どういうわけか会社で評価されない人っていますよね?

仕事が評価されないということは、サラリーマンでしたら当然、出世にも響くわけで・・・

後から入ってきた後輩の方が先に出世したり…なんて話も聞いたりします。

どんなに仕事ができても、まったく評価されなければ悔しいですよね?

前回は高学歴なのに就職できなかったり、非正規雇用やフリーター生活を余儀なくされる人たちについて書きましたが、実はこういった人たちも似たようなもので、学歴が評価されないがために悔しい思いをしているわけです。

たとえ高学歴だったとしても、たとえ仕事ができたとしても、評価されることって重要ですよね?

会社で評価される人ってどんな人?

どんな人?

「なんでアイツが出世できて、こんなにがんばっているオレが評価されないんだよ!」なんて悔しい思いをしたことがある人もいたりするかもしれません。

真っ当な企業であれば、正当な評価基準というものがあると思うのですが、世の中って不条理なもので、必ずしも仕事ができる人が高い評価を受けるわけではない場合もあるんですよね。

では、会社で評価される人というのは一体どんな人なんでしょうか?

一般的に言われているようなことを列挙してみると、

  • しっかりと目標設定ができている
  • 目標を仲間たちと共有して具体的な行動プランを立てられる
  • タスク管理がきちんとできている
  • 仕事一つ一つのクオリティが維持できている
  • 優先順位を的確につけられる
  • 向上心が高い
  • 指示を適切に理解し創意工夫できる
  • 冷静な現状分析ができている
  • チームワークを大事にする
  • チームのリーダー的存在
  • 作業スピードが早く正確
  • 礼節を重んじる

↑こんなところだったりします。

これらの条件をすべて満たしている素晴らしい人が、はたしてどれくらいいるのかわかりませんが・・・。

悲しいことに、ここまでできていても評価されない人はされません。

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仕事が正当に評価されないとやる気(モチベーション)にも悪影響

評価が下がる

一生懸命がんばったのに相応の評価が得られない人たちの多くは、一気にモチベーションが低下するものです。

「悔しさをバネにもっとがんばれ!」みたいなアドバイスをする人も中にはいますが、励ましている側の人間が自分より高い評価を得ていると逆効果だったりします。

仕事の評価だけでなく、以前このブログでも取り上げた高学歴の非正規雇用・フリーターの話でも似たような傾向があります。

本人にとっては、一生懸命がんばってみんなが遊んでいる時間を犠牲にしてまで勉強してきたのに、社会に出てそれがまったく評価されず、就職できないという現実を突きつけられているわけですからね。

最初はやる気があっても正当に評価されなければ、その後のモチベーションを維持していくことも大変だったりするようです。

評価を得るには仕事以外の要素が重要?

仕事に限らず、物事や人を評価するのもまた人間です。

もちろん、仕事に対する情熱や姿勢、能力などは重要だと思いますよ。

しかし、それを評価する側の相手も人間なんです。

仕事以外の部分が自分の評価に与える影響って、わりと大きかったりするのではないでしょうか?

一見、仕事の能力とは関係なさそうにも思えますが、

  • 見た目の印象
  • 愛嬌
  • 自然な気配り
  • ユーモア
  • キャラ

なんかが強いとアプローチしやすいように思えます。

たしかに仕事に対して真摯な姿勢というのは重要なんだけど、真面目すぎる人ってどこか融通が効かなかったりするし、一部の人間に嫌悪感を抱かれやすかったりしますからね。

私がこれまで見たきた中では、多少仕事が荒々しくても人間的魅力のある人に人は着いていくように思えます。

「仕事ができる」以外の強みを上手にアプローチできるかどうかが重要です。

マーケティング用語で他社にはない自社の強みをUSP(Unique Selling Proposition)なんて呼びますが、評価を得るというのは自分自信を売り込む行為でもあるので、USPを上手にアプローチする必要があるということですね。

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お世辞とかゴマすりは出世に効果的なのか?

よく「お世辞ばかりでゴマすりが上手な人ほど出世する」みたいな話を聞きますが、そんな甘い話はほとんどないようです。(まったくないというわけではない)

まあ、バブルの頃とか大昔のことは私にはわかりませんよ。

たしかにお世辞を言って上司を持ち上げたり、力を持っている人にゴマをすることで気に入られる人も実際にはいますけどね。

しかし、それと仕事の評価はベツモノです。

仮にお世辞やゴマすり効果によって評価されて、会社で重要なポストに就いたとしても実力がなければ務まりませんからね。

いつかはボロが出て、自分の首を絞める結果にもなりかねないというわけです。

自分の存在が評価されない場所に無理して留まる必要はない

評価というのは、絶対的なものではありません。

評価は、時代や状況などによって人間の価値観が変われば、その基準も変化していくものです。

そうしないと、著しく変化し続ける激動の時代には対応できませんからね。

昔は学歴社会でも、現代ではそれが通用しない企業も増えていますし、仕事ができるという基準も時代や人々の価値観によって変化しています。

そして、どうしても自分の存在が評価されないのであれば、無理してそこに留まる必要もないと個人的には思います。

とくに仕事ができるけど評価されない人たちの多くは、なにか強みを持っている場合も多いので、働く環境や周囲の人間が変われば状況が一変する可能性も高いですからね。

無理して今の環境にしがみついて、そこで評価を高めようとするよりも、思い切って環境を変えてみた方が自分に合った場所が見つかるかもしれません。

組織の中だからこそ上手くやれる人もいるし、逆に組織から飛び出した方が本来の自分の力を発揮できる人も当然います。

自分自身に魅力やチカラがあれば、会社の看板に頼らなくても生きていけますからね。

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できる人と魅力的な人

笑顔と愛嬌

「出る杭は打たれる」なんて言葉がある通り、仕事ができる人というのは周囲から妬まれやすい傾向にあります。

たとえ、仕事ぶりが評価されたとしても、その先には妬みや嫉妬で打たれる未来が待っているかもしれないということです。

しかし、人間的魅力のある人は一緒にいるだけで楽しいし、仕事以外のところが突出していることもあって出る杭にはなり難いんですよね。

  • 仕事ができる人=出る杭は打たれる
  • 人間的魅力がある人=出る杭にはなり難いので打たれない

真面目すぎる人ほど「できる人」になろうとするわけなんですが、周囲の反感も買いやすいので気をつけましょう。

また、「仕事ができる」という評価は、あくまでも自分が属している組織の中での話です。

一歩外の世界に出れば、通用しない可能性も高いということです。

それに比べて人間的魅力のある人というのは、どこにいってもある程度は通用するんじゃないかなと思います。

仕事よりも人間的魅力の方が、その人をよく知らない人にとっては評価しやすいですからね。

先に人間的魅力で好評価を獲得していると、仕事がそこそこでも案外何とかなったりするのかもしれません。

仕事はできるのに評価されないって人は、人間的魅力というものについて一度深く考えてみてはいかがでしょうか?

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