職場のいじめに因果応報なんてないのかも知れないが・・・

因果応報

職場でのいじめの加害者に何か不幸があったとき、周囲の人たちが口を揃えて「あれって因果応報だよね!」なんて言ったりすることが日常では多々あります。

過去に私もそんな光景を何度か目にしたことがありました。

実際に上司から理不尽なパワハラやモラハラを受けて目の敵にされている本人が、その光景を見て因果応報だと言いたい気持ちは理解できます。

しかし、普段いじめの現場に遭遇しても、見て見ぬふりしたり、問題のパワハラ・モラハラ上司に同意を求められると、間接的にいじめに加担するような周囲の人たちが、こういうときだけいじめのターゲットにされている人の味方をするのは、いかがなものかと思ってしまいますね・・・

職場での立場を悪用して自分よりも弱い立場の部下や後輩に対して散々理不尽なパワハラやモラハラを繰り返していた上司が、ある日突然不幸なアクシデントに見舞われるのは、はたして因果応報なのでしょうか?

パワハラ(モラハラ)上司が不幸に遭遇!ざまぁw・・・というエピソード

「ざまぁw」と人の不幸をあざ笑う人間

ネット上には、職場いじめの加害者が不幸に見舞われるエピソードが数多く存在します。

ツイッターを軽く調べてみるだけでも、そういったエピソードは簡単に見つかります。

参考までにいくつかピックアップしてみましょう。

これらは本当に身近な日常のつぶやきなんですけど、職場で自分よりも立場の弱い部下をいじめていた上司が不幸な末路を辿るエピソードがたくさん見つかります。

まさにこれまで職場でいじめを受けていた本人にとっては、ざまぁwというエピソードの数々ではないでしょうか?

たしかに悪者に天罰が下るというエピソードは、弱者の立場で見ていると共感できる部分もありますし、ある意味爽快なのはわかりますよ。

だけど、これらのつぶやきに人間の本性が垣間見えるのもまた事実だったり・・・

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因果応報=自業自得?

因果応報というのは「自分が誰かにしたことは必ず報いとして返ってくる」といった意味で使われることが多いわけなんだけど、職場いじめの数々のエピソードを見ていると、加害者にとっては自業自得という言葉がピッタリ当てはまります。

簡単に言ってしまえば、自分が身勝手に起こした行動が不本意な結果を招いただけの話です。

会社の部署みたいな狭い人間関係で成り立っている場所って、やっぱり上に立つ人間(上司)の言動が周囲にいる人たち全体に大きく影響を与えますよね?

上司の一言で良い方向に行く場合もあれば、最悪の事態に陥る可能性もあるわけで、だからこそ本来なら人を動かす側の人間は周囲に対して慎重になる必要があるんじゃないかと思うんですよ。

周囲の人たちへの配慮が自然にできている上司は部下に慕われるので、仮に上司のミスで状況が悪化してもチーム全体で協力してなんとか乗り越えようとがんばります。

しかし周囲の人間を人として扱わないような傲慢な上司には、本当は誰も協力なんてしたくありません。

恐怖政治が効いているうちはみんな仕方なく従いますが、そこから開放されれば、理不尽で人を人として扱わないような人間とは誰も好きで関わりたくはないわけですよ。

なので、恐怖で部下を支配するような上司が不幸に見舞われれば「ざまぁw」と一言いいたくもなるでしょう。

不幸な出来事に見舞われた上司にとっては、まさに自業自得であり、周囲の人間からすれば因果応報ということです。

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報いを受けない人もいる?

自撮り画像で幸せアピール

これは私が実際に体験したことなんですけど、昔働いていた会社で実はある女性の上司とうまくいかず、退職したことがあったりします。

まあ、簡単に説明するとお局様に不当な扱いを受けていたんですけどね。

ずっといじめられていたわけじゃなくて、途中でターゲットが変わってからは無視されることはあっても嫌味を言われたり、陰口を叩かれることは少なくなっていきました。

でも、そんなお局様がどうしても許せなくて、ある日ちょっとしたことでモメたんですね。

で、いろいろと悔しい気持ちもあったけど、最終的に私は退職しました。

会社を辞めたあとで、仲の良かった同僚や先輩に話を聞いたところ、私をいじめていたお局様は数年後に寿退社したそうです。結婚式も盛大に行ったと聞きました。

私は退職してから彼女と一切関わることはなかったけれど、ある日たまたま目にした彼女のフェイスブックにはドヤ感ムキ出しの自撮り写真がたくさんアップされていましたね。

あれだけ部下に嫌われたのに因果応報どころか、キラキラしてますよw

まあ、昔の職場の人とフェイスブックでつながっていると、嫌いな人も友達の友達だったりするので、勝手に目に入ってくることってありますよね?

今では私も「あ~、そんなこともあったなあ~」って感じで笑い話にしてますけどね。

だけど、二度と彼女には会いたいとは思いません。

誰かが行動を起こさなければ状況は変わらない

「職場いじめにおいては必ずしも加害者に天罰が下るわけではない」というのは嫌な話ですが、事実として完全には否定できないようです。

先ほどの私の過去の体験もそうですが、少なくとも私をいじめていたお局様が会社にいる期間は彼女に不幸が降りかかることもなく、寿退社という結末でした。

別に今ではまったく恨みなんてありませんが、一つ言えることは誰も彼女の理不尽な振る舞いに対して行動を起こさなかったことが問題だということです。

当時を振り返ってみると、本人のいない場所で愚痴や悪口は言うけど、思っているだけで何一つ行動を起こさない人たちばかりでしたからね。

もちろんそれは私も含めてなんですけどね。

彼女の理不尽な振る舞いに気づいていながら、それを黙認してきたのは私たちなのだからある意味仕方ないのかもしれません。

彼女に天罰が下ることはありませんでした。

彼女が寿退社するまではワガママ放題だったと聞いてます。

職場いじめの酷い仕打ちに心では納得できないと思いながら、それを受け入れ、許してきたのは私自身なんだから自業自得ですよね・・・?

つまり、これも因果応報なのではないかという話です。

結局は誰かが行動を起こさなければ状況は変わらないんですよ。

よくあるエピソードで「パワハラ上司が下手を打って左遷された。因果応報だな?ざまあw」みたい話がありますが、きっとあれも「ざまあw」と言ってる本人はただ見ているだけなので気づいていないだけで、社内の誰かが上司の問題行動をしっかりチェックしていて裏で密かに動いた結果だったりするんじゃないかな?

理不尽に上司の振る舞いに対して誰かが行動した結果、状況が変わっただけの話だったりしてね・・・

  • 上司の問題行動=因果
  • 左遷=応報

因果だけでは何も状況は変わらない。

応報というのは誰かの行動によってもたらされる。

そう考えると、しっくりくるんですよね。

因果応報は都合の良い言葉?

人間生きていれば何かしら不運なことが起こるものです。

いつも順風満帆な人なんていませんからね。

「じんせーい、らーくありゃ、くーもあるさー♪」とはよく言ったものですよね?

それなりに一つの会社に長く勤務していれば、当然、仕事で不運に見舞われたり、ミスや事故に遭遇する確率も高くなることでしょう。

そして上司の立場まで上り詰めるには、それなりの勤続年数も必要です。

何が言いたいのかというと、こういうことです↓

  • 勤続年数が長ければ、それだけ仕事で不運に見舞われる確率は高い
  • 上司は勤続年数がそれなりに長いので、仕事で不運に見舞われる可能性も高くなる
  • 職場で部下に嫌われている上司の不幸話は蜜の味は美味しいと感じる人は多い
  • 上司の常日頃の振る舞いを毎日見ている職場の人たちからすれば、上司の不幸はまさに因果応報

部下に慕われるような上司だったら、不幸に見舞われても周囲から因果応報だと非難されることはほとんどないと思うんですよ。

たとえば、いつも自分のことは後回しで盾になって部下を守ろうと一生懸命な上司が、志半ばで倒れるような最悪の状況に陥っているのを見て「因果応報だよ!ざまぁw」とあざ笑う人なんてまずいないんじゃないかな?(もしそういう人がいたとしたら関わりたくないな・・・)

要は人間性の問題だと思うんですよ。

山あり谷ありの人生で自分の嫌いな人が谷底に転落したときに「因果応報」って言葉は都合が良かったりするんですよね。

何でもとりあえず因果応報って言っとけば、何となく辻褄が合うように感じるというか・・・

だけど、因果の部分にどんな経緯があったのかをきちんと把握してその言葉を発している人は、いったいどれだけいるのでしょうか?

職場のいじめは、何も上司だけが原因とは限りません。

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不幸を連鎖させる因果応報

不幸の連鎖

今回取り上げたのは、あくまで職場いじめの加害者が報いを受ける話を前提にしたものですが、多くの人たちがネット上に転がっている数々のエピソードを見て語る因果応報というのは、あくまでも職場での日常の一部を切り取った情報に過ぎません。

エピソードに登場するパワハラ・モラハラ上司に天罰が下ったところで「因果応報だな!ざまあwww」とオチをつける話は、たしかに読み物としては楽しめる人も多いでしょう。

だけど、現実には「ざまあwww」のオチのあともその人の人生は続いていくわけです。

因果応報という言葉が正しいなら、人の不幸を「ざまあwww」とあざ笑った本人にもそれが報いとなっていつか不運が訪れます。

心のどこかで「はあ?俺は大丈夫だからwww」みたいな驕りがある人は気をつけた方がいいと思いますよ。

たしかに悪いことをした人間は報いを受けるべきですが、それを小馬鹿にしたような発言にはその人の人間性が垣間見えるものです。

ほんの些細なことで人生ってあっという間に転落しますからね。

山あり谷ありの人生で谷底に転落したとき、手を差し伸べてくれる人が自分の周囲には何人いるのか?

それが何よりも大切なことなんじゃないかな。

つまりは、理不尽なパワハラ上司に起こった不幸を「ざまぁw」とあざ笑う人にも因果応報によって、さらなる不運が降りかかる危険は常にあるってことです。

そしてその光景を見た周囲の人がまた「アイツって因果応報だよね?ざまあwww」とあざ笑い、不幸が不幸を呼ぶように連鎖していく現実・・・。

さっきも書いたとおり、要は人間性の問題だと思うんですよ。

パワハラ・モラハラ上司の悲惨な末路をどう捉えるかは人それぞれだけど、因果応報って言葉を都合よく使うことで思考が停止してしまうと人は周りの行動に流されやすくなるので、気をつけたいですね。

最後に伝えたいこと

因果応報という言葉の意味を調べてみるとこのようなことが書かれています↓

原因としての善い行いをすれば,善い結果が得られ,悪い行いは悪い結果をもたらすとする。善因善果,悪因悪果,三世因果などと表現される。

引用元:コトバンク

先ほど例にあげたのは、悪い行いは悪い結果をもたらす悪因悪果の方です。

たとえキッカケは、悪い行いによって悪い結果をもたらしたのが職場のパワハラ・モラハラ上司だったとしても、その人に訪れた不幸を「ざまあw」を小馬鹿にしてあざ笑う行為もまた悪因であり、悪果を引き寄せてしまう危険性だってあります。

たしかに悪事を働いてきた人間の身に不幸が訪れるのは、見ていて爽快かもしれません。

不運な出来事に苦しんでいるパワハラ・モラハラ上司を見て、思わず「ざまぁw」と言いたくなる気持ちもわからなくもないですが、そんなときこそ立ち止まって冷静に考えてみてください。

同じ因果応報でも、善因善果を心がけたいですね。

記事中で何度か「要は人間性の問題だと思うんですよ。」という一文が出てきたと思いますが、善因善果を引き寄せるにはこの考え方が重要なんじゃないかな?

ちなみに↓の記事では、いじめが多いと言われている職場について書いています。参考にどうぞ!

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