母親との関係性に悩む女性はいつの時代も多いようです。
とくにアラフォー世代以降となると、その後の人生も含めて問題は深刻化していきます。
実は私も母親との関係はうまくいっておらず、子供の頃からずっと母が嫌いでした。
親子関係の改善を試みたこともないわけではありませんが、うまくはいきませんでした。
しかし、現在では決して関係が修復したとは言い難い状況ではありますが、肩の荷が下りたというか、私自身だいぶ楽になったと実感しています。
ということで、私の経験からどのように母親との関係に折り合いをつけ、最終的にすべてを許そうと思ったのか?を参考にしていただけたら嬉しいです。
とはいえ、言葉で言い表すほど簡単なものではありませんでしたけどね。
もくじ
母親とうまくいかない原因
一般的に母と娘がうまくいかなくなる原因として、
- 束縛
- 過干渉
- 過保護
- 理想の押しつけ
- 恩着せがましい
- 怒ることでの教育・しつけ
- 自分の果たせなかった夢の押しつけ
- 兄弟間の差別的な扱い
- 所有物的な扱い
などがあげられます。
さらに深刻なケースとしては、
- 虐待
- 育児放棄(ネグレクト)
もあります。
これらを大きく分けると、母親による自分勝手で自己中心的な振る舞い、もしくは愛情を注いでいるつもりでも単に娘に依存しているだけといった場合がほとんどで、いつまで経っても子離れできない母親もこういったケースに当てはまることが多いようです。
もちろん「我が娘を思うあまりに・・・」という気持ちは理解できますけどね。
私の場合は、幸いなことに虐待や育児放棄はなかったですけど、束縛や過干渉、理想の押しつけ、恩着せがましい言動、所有物的な扱いは受けてきましたね。
では簡単にではありますが、いくつか事例をあげていきましょうか。
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束縛が激しい母親
小中学生の頃なら仕方ありませんが、いい歳になってもやたらと門限に厳しかったり、いちいち娘の行動に口を出してはコントロールしたがる母親っていますよね?
出かける時も行き先を告げさせられたり、誰と会うか問い詰められたり、心配してくれるのはありがたいけど、さすがに度が過ぎると窮屈に感じます。
過干渉がウザい母親
何か選択を迫られた時、相談してもいないのに「こうしなさい。ああしなさい。」と主導権を握りたがる母親も娘から嫌われます。
もちろん、本人は愛情のつもりなんでしょうが、年頃の娘にとってははっきり言ってウザいですよね?
あと、友達同士でいる場に母親がしゃしゃり出て来ると、娘としては「恥をかかされた」という気持ちになることもあります。
せっかく芽生えた娘の主体性が阻害される要因にもなるでしょう。
過保護な困った母親
実家を出て一人暮らしをしても、合鍵を作って週に何度も部屋を訪れては、頼んでもいないのに掃除をしたりする母親も結構いるみたいです。
帰りが遅いと会社にまで電話してきたりとか、ここまで行くとストーカーみたいでちょっと怖くなる気持ちもわからないでもないかなと。
子離れできない母親に多いタイプですね。
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母親による理想の押しつけが息苦しい
どんなに理想の親子像を思い描いても、やはり現実は良くも悪くも違うわけです。
また、親が娘に対して「こうあってほしい」という願望を持つこと自体は決して悪いことではないけれど、そこから少しでも外れることを絶対に許さないとなると問題です。
たとえ親子とはいっても、それぞれ違った価値観を持っていますからね。
恩着せがましい母親
「せっかく大学までいかせてやったのにあんたは何をしてるの?」
これは、私の学生時代の友人が実際に自分の母親に言われた言葉です。
あと、上京する時の引っ越し資金を出してやったとか、そんなのもありましたねw
それに比べると私の場合はまだかわいい方で、部屋を借りる時に保証人になってもらったことをいつまでも恩着せがましく言ってくるくらいですかね。
さすがに何度も言われると鬱陶しくなりますよね?
褒めることをしないで叱りつけることで教育する母親
ここ最近では褒める子育てが随分と浸透してきたせいか、あまり我が娘を教育・しつけと称して怒鳴りつけるような母親って少なくなったんじゃないかと思いますが、私たちアラフォー世代が子供の頃は、怒鳴られたり叩かれたりは普通でした。
思い返してみたら、私も母親に褒められた記憶はほとんどありません。
できて当たり前、できないと怒られるがデフォルトって感じでしたね。
あえて「叱られる」ではなく「怒られる」という表現を使ってみましたが、おそらく母親の主観では我が娘のためを思って叱っているつもりなんでしょうが、自分が大人になった今、冷静に考えてみるとただ単に感情を爆発させていただけで「しつけ」の論理が破綻していたように思えますね。
「どうしてアンタはそんなこともできないの!」なんてよく怒鳴られた覚えがあります?
自分の果たせなかった夢を娘に託すステージママ
そういえば、昔、ステージママって流行りましたよね?
子供の頃、アイドルになりたかった夢を我が娘に託す母親みたいな。
実際にそれで芸能人になった人は、母親とうまくいってなかったような気が・・・w
私にはあまりこういった感覚は理解できませんが、自分の人生に悔いがあるのかな?
兄弟差別については難しいかも・・・
よく言われる兄弟の扱いについてですが、これは差別しているつもりはなくても結果的にそういうふうに受け取られてしまう場合もあるかと思います。
まだヨチヨチ歩きの下の子の面倒を見ていると、上の子が寂しがったりというのはよくある話です。
とくにまだ幼い子供は親の置かれている状況なんて正確に理解できなかったりもするので難しいですよね。
母親としても決して兄弟に対して差別的な扱いはしてないのに、どちらかを優先しなければいけない状況ってありますからね。
私には弟がいるのですが、子供の頃よく母親に「あなたは、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい!」みたいなことを言われていたような気がします。
気づいたら我慢することだらけになっていて、すっかりやさぐれてましたよw
今思うと、母子家庭で貧しかったこともあって、なかなか兄弟平等というのは難しかったのかな?
なんてことも考えましたが、昔から自分の欲望には忠実な母親でしたw
幼い子供にとっては、兄弟どっちかが我慢しなければいけない状況ってわりと酷なんですよね。
娘を所有物のように扱う母親
自分の子供だから何を言ってもいい、何をしてもいいと思っている母親は最悪だと思います。
「子供なんだから親の言うことは絶対!口答えするな!」みたいなことは私もよく言われました。
しかし、そんな母親でも不思議なことに外面だけは良かったりするんですよね。
家庭内では娘をまるで所有物のように扱っておいて、ご近所さんの前ではいかにも「良いお母さん」を演じていたり・・・。
内と外での母親のギャップに子供ながら戸惑ったこともありました。
子は親に従順であるべき、自分の意思をもつことは許さないというのは危険です。
対処法は身内であっても物理的に距離を置くこと

子供の頃は自立できないのでどうにもできませんが、母親がいわゆる毒親だと大人になってからもいろいろと弊害があります。
対処法は、たとえ身内であっても距離を置くことです。
血のつながった親でも、関わっていると精神的に疲れてしまうことって多いですからね。
ちょっと冷たいと思われてしまうかもしれませんが、仕方ありません。
顔を合わせれば、ちょっとしたことで口論になったり、喧嘩ばかりだとお互いにとっても良くないですからね。
母親と物理的に距離を置く方法は、煩わしい人間関係の対処法とほぼ同様です↓
ただし、ここで気をつけてほしいのは物理的に距離を置くということです。
もちろん絶縁するわけではありませんし、母親に万が一のことがあった時は協力すれば良いでしょう。
物理的に距離を置くことで、客観的に母親との関係を見直すことができるようになります。
ということで、ここまでが世間でもよく言われているようないわゆる一般論です。
他人に助言したがる人や「どんなことがあっても親を悪く言ってはいけない」と主張する人たちの多くは、こういった一般論を盾に綺麗にまとめようとする傾向が強いように思います。
しかし、実際には「たとえ肉親であっても距離を置くとよいでしょう」という一言では難しい現実があったりするものです。
頭ではわかっていても、現実に打ちひしがれ、極限まで追い詰められてボロボロに傷つかないと見えてこない真実って人生にはたくさんありますよね?
個人的にはあまり公にはしたくないですが、ここからは私が実際に経験したことを中心に一般論を交えてお話していきます。
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自分勝手な母親を反面教師にして生きてみた結果
以前書いた記事【「仕事に行きたくない」が続いたら危険?無理すると後でヤバイことに!】の中でも少し触れた通り、私は社会人になってからも母親から執拗にお金の無心をされていました。
羽振りの良い時期に欲深い母親を甘やかしてしまったのは私の責任なので、自業自得だと思っています。
プロフィールにも書きましたが、幼い頃に父親は行方をくらまし、私は母子家庭で育ちました。
幸い虐待や育児放棄はなかったけれど、自宅には母の恋人が出入りしていたりで決して良い環境ではありませんでした。
ちなみに当時の母の恋人だった方には、本当に良くしてもらいました。今でも感謝しています。
さすがに父親代わりだとは思ってはいませんでしたが、母親よりもたくさんの愛情を注いでもらった記憶があります。
母子家庭のうえ、母親も怠け者だったため当然、我が家は貧しかったわけで・・・
中学生にもなれば私も、早く家を出たくて仕方ありませんでした。
高校生の頃、バイト先で学校をやめて働きながら自立している先輩をみて憧れたりもしましたね。
当時はそんな母親を反面教師にして「私は絶対、こんなふうにはならない!」と強く思っていたのを覚えています。
とにかく母親を超えないといけないという一心もあって、アパート暮らしの学生時代を経て夜の世界に飛び込みました。
母に向かって「アンタの1日の稼ぎなんか、私の時給にも満たないんだから!」と吐き捨てるように言った記憶も・・・(あー書いてて嫌になってきたなあ~)
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毒親への憎しみを原動力に

振り返ってみると、20代の頃の私は母親への憎しみ以外にも負のパワーを原動力に突っ走っていたように思えます。
悔しい思いをする度にそれをバネにしてがんばって、それなりの結果も出ていましたし、自信にもつながりました。
納得できないことや苛立ちもたくさんありましたが、そのすべてをエネルギーに変えてとにかく突き進むしかなかったんですね。
子供の頃「絶対に自分はあんな大人にならない!」と強く思って、自分の親を反面教師に生きてきました。
負のパワーって使い方次第でものすごい威力を発揮するんですよね。
いろいろと大変な思いもしたけど、その後、一度落ち着いて結婚した時はこのまま幸せになれるものだと思っていました。
そして当時も母親とは極力、距離を置いていました。
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負のパワーが原動力にならなくなる時
ここから私の人生は転落していくわけなんですけど・・・
離婚後、仕方なく実家に戻って再び母親との生活を余儀なくされました。
その時も早く生活を立て直そうと必死だったのを覚えています。
結果的には仕事が決まって実家を出ることには成功しましたが、ここで大きな挫折を味わうことになるなんて当時は思ってもいませんでした。
「仕事に行きたくない」が続いたら危険?無理すると後でヤバイことに!
今までは負のパワーを原動力に変えて若さと勢いで突っ走ることができたのですが、この時期からはそれができなくなってきました。
どんなにがんばっても、空回りする日々でした。
憎しみや怒りの感情が持つ力は計り知れないけれど、そのパワーを発揮できるのは一瞬なんですよね・・・
よく「フラストレーションをエネルギーに・・・」みたいな話を聞きますが、いつまでも続くものではありません。
そして反動はすべて自分に跳ね返ってきます。
諸刃の剣ってやつですね。
それからの私の人生はここに書いた通りです↓
アラフォー世代は夢も希望もないらしいけど後悔しない生き方を!
「マイナスの感情にはとてつもないパワーが秘められている」なんて言われたりすることもありますが、決していつまでもその力は持続しません。
破壊力を振りかざすことで一時的にうまくいっても、幸せにはなれないものですね。
母親を許そうと思えたきっかけ

身も心もボロボロになって、もう人生を終わらせようと考えていた時に、母親から電話がありました。
要件はお金の無心だったんですけどね。
もう私には母の生活を援助する余裕なんてないことを告げたのですが、「もしかしたらこれが最期の会話になるかもしれない」と思い、自分の銀行口座に入っているお金を全額振り込む約束をしました。
母親とは最後まで良い関係にはなれなかったけど、私ができることは全部やったし、仕方ないなと思って電話を切った覚えがありますね。
そして後日、あえてくわしいことは言及しませんが、当時の交際相手が部屋で倒れている私を発見するという・・・。
母親のことをすべて許そうと思えるようになったのって、この出来事が大きかったりします。
正直、すべてのことに疲れたという気持ちもありました。
現在も母親とは物理的に距離を置いてはいますが、もう昔のことはどうでも良くなりました。
何を言われても気になりません。
嘘をつかれたり、裏切られても笑っている余裕さえ出てきました。
「過去にどんな辛い思いをさせられたとしても、自分がこの世を去る時はすべてを許して穏やかな気持ちでいたい」と思ったのが、母を許すきっかけです。
痛みと共にあの時のリアルな気持ちを心に刻みつけて、私は今に至ります。
母親との関係に悩むアラフォー女性は多い
冒頭にも書きましたが、母親との関係に悩むアラフォー女性は多いようです。
「過去は水に流しましょう。すべてを許すことで苦しみから開放されます。」なんてことが世間一般では言われたりもしますが、私の場合はそう簡単ではありませんでした。
そして、現在も母親との関係改善には至っていませんが、私は過去のことはもうどうでも良いと思っています。
あとは母親次第といった状況です。
すべてを許すことで心はだいぶ楽になりました。
代償は大きかったですけどね。
今、冷静に振り返ってみると、
- 毒親を反面教師にする
- 負のパワーを原動力にする
という一般論もたしかにその通りではありますが、そう長くは続きませんし、いつか自分に反動が返ってきた時、結局苦しむことになると思います。
そして、
- 許すことで苦しみから開放される
- 憎しみは手放す
という一般論も、あながち間違いではないことは実感しています。
ただ正直にいうと、私の場合はあの地獄のような日々がなければ、本当の意味で許すことは難しかったんじゃないかなとも思いますね。
頭の中で理解していることと身をもって経験することは全然違いますからね。
誰もが傷つきたくないと思って生きていると思いますが、傷つかないと見えてこないものも世の中にはあるんですよね。
痛みや苦しみをリアルに経験して身も心もボロボロにならないと、気づけなかった私が単にバカなだけかもしれませんが・・・。
でもあの時、強く思ったことがひとつあるんですよね。
人生最期の瞬間は、すべてを許し、穏やかな気持ちで迎えたいって。
こんな愚かな私の黒歴史を語ることが、多少なりとも誰かの励みになれば嬉しいです。
今現在の私は当時の出来事がまるで嘘のように思えるほど、何事もなく日々穏やかに暮らしています。


